●河田 雅圭(東北大学)
「個体間の相互作用と遺伝子を単位とした進化生態学研究の推進」

 

河田雅圭氏は、野ネズミ社会における個体レベルの血縁関係と相互作用から研究を開始し(Kawata 1985, Oikos 45: 181-190; Kawata 1987, Oecologia 72:115-122; Kawata 1989, Oikos 54: 220-226)、1990年代にはこれをオブジェクト指向プログラミングにより多様な属性を個体ごとに配置するシミュレーション(エージェントベースモデル)による理論的研究へと発展させた(Kawata and Toquenaga 1994, Trends in Ecology and Evolution 11: 417-421; Kawata 1995, Evolution 49: 1046-1054; Kawata 1996, Evolutionary Ecology 10: 609-630; Kawata 1997, Ecological Modeling 94: 125-137)。この視点をさらに充実化させ、2000年以降は遺伝子レベルの適応を起点とする種分化機構や多様性維持について、独創的な研究を展開し、進化生態学に大きなインパクトを与える業績をあげた。このように,河田氏は一貫して集団内での個体の振る舞いに着目した進化的動態と種分化に視点を当てた研究を行ってきた。 進化生物学における重要課題である種分化機構の解明に関して、集団の環境勾配への前適応、特に色覚の生息環境への前適応に着目した河田氏は、色覚変異によって種が形成される過程と条件をモデルによって具体的に予測する先駆的な研究を行い(Kawata 2002, Proceeding of the Royal Society of London B 269: 55-63)、それらの予測をもとに、アフリカで適応放散したシクリッドの同所的種分化などを論じた(Kawata et al. 2007, BMC Evolutionary Biology 7: 99)。これらの研究は種分化研究での実証研究で重要な役割を果たしてきた。 種内での多様性が顕著で進化のモデル生物であるグッピーについて、河田氏は色覚に関わるオプシン遺伝子の野外での多様性を明らかにし、変異が自然選択によって維持されることを示した(Tezuka et al. 2014, Heredity 113: 381–389)。この研究は、その後のオプシン遺伝子の変異と発現量、雌選好性の多様性の研究を促したものである。 また、Hubbleによる生物多様性に関する「生物群集の中立説」提唱後,群集の中立説とニッチ説の検証が大きな研究テーマとなっているが,河田氏は松島湾松島群島の蝶の種多様性が,食草の多様性(すなわちニッチの多様性)によって決まっていることを実証した。これは野外の広い範囲で資源の多様性がそれを利用する生物種の多様性を決定することを示した初めての研究である(Yamamoto et al. 2007, PNAS 104: 10524 – 10529)。 遺伝子重複が新しい機能の獲得に果たす可能性に関しては古くから理論的な指摘は数多くあったが,河田氏はショウジョウバエ11種の遺伝子重複率とその生息環境の多様性の間に強い相関があることを、ゲノム解析と生態学的ビッグデータ解析の結合解析で示し(Makino and Kawata 2012, Molecular Biology and Evolution 29: 3169-3179)、その後も生物が多様な環境へ適応する能力や進化促進する力(evolvability)と重複遺伝子率との関係について、実証と理論の研究成果を積み重ねてきた(Tsuda and Kawata 2010, PLoS Computational Biology 6: e1000873)。これらの研究は重複遺伝子率で種の環境変化に対する弱さや強さ(侵略性)を測ることも可能になることから、基礎進化学的な意義に加え、外来種問題や生物保全分野での注目も集めている。 これらの顕著な研究業績に加え、河田氏は1980年代に始まった個体間の遺伝的変異と遺伝子を単位とした進化生態学研究の新しい潮流を日本の生態学にいち早く紹介し、進化学研究のためのディベート雑誌Networks in Evolutionary Biologyを創刊するなど、つねに進化生態学研究の新しい発展に積極的に関わってきた。その活動は現在活躍している日本の進化学・生態学研究者に強い影響を与えてきた。 以上のような河田氏の、進化学分野における顕著な業績は、日本進化学会賞授賞に十分値すると判断した。